関西の四季を呟く

関西の四季や出来事を写真を交えてお届けします。

親と子の関係


 インフルエンザの予防接種をした。順番を待つ間、病院で気にかけたことが一つある。40歳後半であろう青年がアルツハイマーを患った母親の車いすを押しながら病棟から出てきたことだ。彼の顔はかなり険しく神妙な面持ちであった。

 彼の将来の行動は実母の存在で完全に束縛されている。これから何年も続くのかと思うと、とてもはかない気持ちになってしまった。自己
の将来を捨て、実母に人生のすべてを捧げる。私にその勇気はない。



 親と子の関係とはいったいどの様な関係であるのか?どのような関係であるべきだろうか?最近よく考えさせられる。


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「親子」という語は父母と子の関係を意味する語であるが、生みの親と子の血縁的な関係だけでなく、養親と養子の関係も指すが
そう簡単に定義できるのだろうか。




 私は、父子家庭で「親・子」と呼ばれるような環境に育っていなかったので、一般論でいうところの「家庭の在り方」の構築ができていなかった。
 わが子を育てるすべての様を家内任せで、朝早く家を出、夜遅く家に帰る毎日が繰り返しの「仕事に追われる」暮らしの中で、保護者という立場で見たことがなかった。すべてを家内に押し付けてきてしまった。



 今を思えばすべてが子に対して対話のない自分であった。子供に対しての会話は「傾聴」ではなく「尋問」ばかりで親としての条件のすべてが欠落していることに気が付くのは、「孫」の成長する行動を観察して初めて自覚したのである。
  子育てをする上で、親子の心と心が向き合った対話が重要だったと、老齢になって気が付く愚弄に反省したい。



 私が親から受けた影響がそのまま子に継承される「習俗上親子関係」「擬制的親子関係」のままに私の人生の終焉を迎えるのはとても悲しい。



 あるものから別の物が派生したときの関係を「親子関係」としてしまう自分を責め恥じたい。最近「~~~すれば良かった」とか「~~だったら良かった」が多い気がする。

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