関西の四季を呟く

関西の四季や出来事を写真を交えてお届けします。

人生の坂


  若き日、友人の結婚式のスピーチで「人生の坂」なるものを聞いた。四つありその時の心境や状態、克服する方法など、興味津々で聞いた記憶を私の人生に重ねてみると完全に重複する。



 「上り坂」「下り坂」「まさか」「まっさかさま」。
0度から89度までを上り坂、くだり坂、ま坂、と定義し、努力次第では修正可能な精神行動範囲である。


 しかしながら、「真っ逆さま」は、物理的・数学的に完全に90度墜落を意味する。軌道修正できない救いようのない坂である。ある意味、この坂からは一人でもがいても決して脱することが出来ないのである。


 これは長い人生の中で、いつかは突然と必ずやってくるのであり、それを身にしみて感じたのが50代後半、仕事中転落事故を起こし内臓破裂で出血多量、医師から今夜が「やま」と宣告され生死をさまよった時だろう。3000CCの輸血をされ、私の顔には酸素マスクをあてがわれ、それをもう一人の自分が天井から見下ろしている。何とも不思議な体験である。・・・・・医学的には譫妄現象と言うらしい。



 三途の川の向こうには眩いばかりの七色の虹、輝かしい自然界にお花畑「コスモス」が地平線の果てまで続いていた。私はただ天井近く真上から自身の姿を眺めているだけであった。それは完全に肉体と霊が分離する瞬間でもあるようだ。



 このような体験は幼少のころから母の死以来、トラウマとして体験しているので別に不思議とか違和感はなかったが、小学生の頃は「きちがい」とか「頭がおかしい」などといじめにあったり、非難されたり孤独の世界に一人ぽつんと取り残されているようであった。自分はやっぱり馬鹿なんだろうかと自問自答する日々があった。
 突然発症する発作。そうなると吐く息が荒くなり精神異常者特有の幻想の世界がみえてくる。幻覚が真実であると思い込んでしまうのが辛かった。誰にも証明できないのである。



 他人に見えないもの「霊らしい世界」が自分には実存すると思えたのは小学時代、幾度か精神科の治療を受け、心療内科の先生から「カプグラ症候群」「妄想性人物誤認症候群」と診断されたことである。・・・親父の遺品整理で日記に書いてあった。
 



 「まっさかさま」に出会った瞬間から退院日までの数日間、肉体的、精神的負担が予想以上であったが、一緒に遭遇した職場仲間や、救急車の手配、家族の絆、周囲の思慮など一連の冷静な初期対応が「真っ逆さま」から「ま坂」に導いてくれた。
 ここに人生には四つの坂があることを得、今こうして実存して

いる老体に感謝である。

×

非ログインユーザーとして返信する