関西の四季を呟く

関西の四季や出来事を写真を交えてお届けします。

またもや夢枕


 自分の正論を他人に押し付けて論破する事に使命感を持っている異常な親父。 常識のわきまえを知らず、理屈で相手を屈服させようとする強引な性格であった。
 自分の言うことは自身の経験値からすべて間違いではないとする軍隊意識。そんな親父がたまに夢の世界に顔を出しては説教する。



 私の父子家庭での少年時代の日常生活を素描。親父は朝早く仕事に向かい、夜遅く帰ってくるため、親子の対話はほとんどなかった。暗い押し入れの布団にくるまっては妄想にふける。何故かその狭く暗い押し入れの中が安堵する秘密の場所でもあった。
 唯一、顔を合わす時間は、親父が仕事から帰って来るのを待ち馴染みの個人経営の小さな大衆食堂で夕飯を共にするほんのわずかな時間だけだった。
 店主を癌で亡くし、たった一人で店を切り盛りする「おかみさん」の力強さが印象的だった。
 そこに私は「おやじ」と「店のおかみさん」「自分」という一種の家族・家庭の構図を抱いてならない。「おやじ」と「おかみさん」とは私の目線から見ても特別な関係があったとする思いがあったからだ。



 私の少年時代!
 私は確固たるカテゴリーを持たない特異な少年時代であった。
私は精神感覚、行動感覚が混乱していて、出来事を整理する理論が十分に備わっていないことが多かった。内部から湧き上がってくる情熱や理想も、外部で起こる不条理や理不尽な出来事への反感も、すべてが混沌として確たる着地点が見いだせない環境下であった。
 すべての結論を出し損ね、「おやじ」と「おかみさん」の関係は何か、を切り出せず結論の出ないまま混沌とした理想像ばかりが空回りするのが私の真意だった。
 家族の問題や学校での友人の問題、「母親」が欲しいとする問題など、すべてに決着がつかず、ただ猛然とわいてくる情熱と理想に翻弄された異常な性格を持って育ってきた。



 小学校の「いじめ」を受けた私の唯一の居場所は大衆食堂の片隅と近くの公民図書館の孤独な空間のみであった。
 既成観念にとらわれた環境に閉じ込めようとする親父に多くの反抗と文句を言いたい。

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