関西の四季を呟く

関西の四季や出来事を写真を交えてお届けします。

焦る気持ち


 地元にある医療関係の月刊誌が投稿者を募集していたので冷やかし半分で簡単な作文添付で応募したら採用されてしまった。



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 昨日「高齢者と共存。少子高齢化と政府の対応」という内容で原稿用紙4枚程度を提出したら「あなたの文章は教科書を読んでいるみたいで固苦しく、これでは誰でも読んではくれませんよ」と書き直すように催促されてしまった。・・・・思案橋ブルースである・・・汗。



 戦後、昭和21年から24年の間の団塊の世代、私は昭和23年生まれの「産めよ、増やせよ」の時代だ。生活は苦しくとも何とか鎬をけずってでも生活できたようだ。
 現在よりも貧しい社会ではあったが確たる未来である「高度経済成長時代」があった。

 だが、今はどうか。コロナ渦中に輪をかけて低賃金、高増税、優遇されない環境。追い打ちの人口減。政府の対応は何を基準に「ゆとり社会」を目標しているのか?低賃金を生む「働き方対策」、不公平な「労働派遣法」アンダークラスを助長する政策。
 今こそ方向転換をしなければ日本の若者の未来の構図が描けないのは確かである。




 「高齢者と共存する環境」と程遠い環境に置かれた若者の生活水準。政府対応に批判したい。



〇月✗日!
 原稿を書いていた学生時代。鉄筆というものでガリ版用紙に書く、というよりは削るというイメージが強かった。判りやすく言えば、ロウびきの原紙をヤスリ盤に乗せ、鉄筆で文字や絵を刻む。
 そのあとが大変であった。「原紙の下に紙を敷き、網をかぶせたうえでインクを塗ったローラーを転がすと印刷できる」といったところであろう。

 全員真っ黒になりながら、一枚一枚丁重に仕上げていく作業。



 学生新聞部の歴史は古く、創刊号には芥川龍之介が寄稿していたらしい。1944年には太平洋戦争下での紙不足のために一時休刊となったという。
 残念だったことは「自由気ままに原稿を書く」ことが許されず、事実上革マル派の広報紙的な存在となったことだ。


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 いつの時代からか、今やワープロやパソコンにとって代わり、当時の状況は失いかけようとしている・・・・忘れることはない懐かしの昭和の一コマを再現する機会がないのが残念。


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